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高知地方裁判所 昭和36年(ヨ)96号 決定 1961年8月28日

申請人 三田勇吉 外二四名

被申請人 高知パルプ工業株式会社

主文

被申請人は申請人等に対して、昭和三六年七月一八日以降申請人等が被申請人のため就労するに至るまで、一ケ月につき別紙賃金表基本給欄記載の該当金員を、本命令告知後に経過すべき期間分については毎翌月二八日に、その余については即時に支払え。

(注、無保証)

理由

第一、当事者双方の申立

申請人等代理人は、「被申請人は申請人等に対し、昭和三六年五月一五日以降申請人等が被申請人のため就労するに至るまで、一ケ月につき別紙賃金表記載の該当金員を、本命令告知後に経過すべき期間分については毎翌月二八日に、その余については即時に支払え。」との仮処分命令を求め、被申請人代理人は「申請人等の申請を却下する。」との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

当事者間に争いのない事実及び当事者双方の提出にかかる疎明資料により当裁判所が認定した事実並にこれに基く当裁判所の判断は次のとおりである。

一、当事者間の雇傭関係

被申請人は、昭和三六年五月八日申請外大王製紙株式会社(以下旧会社という)からその高知工場設備一切を譲り受けて設立され、肩書地に本社及び工場を有して諸紙パルプの製造販売を目的とする株式会社である。申請人等はいずれも旧会社高知工場の従業員であり、かつ総評紙パ労連大王製紙パルプ部労働組合(以下旧組合という)の組合員であつたが、昭和三六年五月一一日から期間の定めなく被申請人に雇傭せられる従業員となり、かつ同日旧組合の規約改正により総評紙パ労連高知パルプ労働組合(以下組合という)の組合員となつたものである。

二、労働争議の発生とその経過

(1)  旧会社は、昭和三五年七月高知工場を企業経営上の必要から閉鎖し申請人等のうち希望者を同社愛媛県工場に転勤させその余の者は解雇する方針を発表した。旧組合は直に旧会社との間に団体交渉を重ねた結果、同年一〇月六日両者間に、「旧会社は昭和三六年一月末までに後継経営者を作り、高知工場従業員で転勤できないものは従前の勤務時間及び賃金と同一の条件で後継経営者に引きついで貰うようにする。」等の旨の協定が成立した。

(2)  被申請人は、昭和三六年五月八日設立されたが、同社は、旧会社から高知工場の設備一切を譲り受けるとともに、その資本金六、〇〇〇万円中一、四〇〇万円は旧会社からの出資金をもつて構成されその役員も一部旧会社役員たりしものによつて構成されている。

(3)  旧会社は旧組合に対し、五月八日、その組合長池添辰男、執行委員大谷豊治、監査委員森下颪、前職場委員長竹内悦起の四名は被申請人において採用できない旨を通知するとともに、同日右四名に対して五月一一日付をもつて旧会社山林部高知出張所勤務とし平均月額三、二五五円のベースアツプをする旨を通知した。

(4)  旧組合は右通知を受けるや、同日、被申請人に対し、右四名の採用その他雇傭条件について団体交渉の申し入れをなしたが、被申請人から旧会社の労働組合に対しては団体交渉に応ずる理由はないとして拒否された。

(5)  被申請人は、五月一一日、右四名を除く旧会社高知工場勤務全従業員一三六名に対して旧会社と同一の労働条件(勤務時間、賃金)で採用する旨を通知し、全員同日入社届を提出した。

(6)  右同日旧組合の規約改正により右四名を含む従業員は組合の組合員となり、組合は被申請人に対して、同日直に、旧会社と被申請人は実質的にみて、内容において同一の企業であり、従業員全員のなかから組合の中心的活動家である四名のもののみを排除して採用しないのは、実質的には組合活動を理由とする解雇であつて不当労働行為である、として、右四名の採用を求めて団体交渉を要求したが、被申請人は、人事管理に対してする不当な要求であり、又組合には従業員でない池添等が含まれており交渉の相手方としては認めることはできないことを理由として、右団体交渉の要求を拒絶した。

(7)  そこで組合は、同月一一日、被申請人に対し翌一二日午前八時から二四時間の時限ストライキに入る旨を通告し、同日ストライキを行い、更に同日第二波として引き続き四八時間のストライキに入る旨を通告して翌一三日より前日に引き続いてストライキを行つた。

(8)  これに対して、被申請人は、右ストライキ中である同月一四日午前一〇時三〇分頃高知市下島町「錦水」旅館に組合代表者を招いて、同所において被申請人会社竹市取締役、同宮地社員から組合の池添委員長、三田副委員長、川村委員に対し、同日一二時から組合がスト態勢を解き主張を撤回するまで労働関係調整法第七条にいう工場閉錯を行う旨を通告し、その旨記載ある文書を手交した。

(9)  そこで組合は、右一五日午前八時スト態勢を解除し、被申請人に対し、即時就労する旨及び四名の採用方等について更に団体交渉を求めたが、組合が従前からの主張を撤回しないこと、サボターヂユのおそれがあることを理由にして被申請人は就労及び団体交渉の申入れを拒否した。

(10)  五月一一日以降被申請人会社の同工場には守衛数名を置くのみで、ロツクアウト通告後も従前の状態に特に変更をせず(裏門、各種倉庫等には工場設備を譲り受けた時の施錠のままであるが)、正門は平常どおりトラツクの出入りの場合を除いては閉ざされているが申請人等は自由に通用門から工場内に出入りでき、守衛も特にこれを阻止せず、又出入を禁じられていた個所もなかつた。

(11)  組合にはその後脱退者あいつぎ、六月一八日被申請人と脱退者松本貞雄等五一名は協定を結び、被申請人は右脱退者が被申請人の主張を認めたものとして同月二〇日からロツクアウトを解除し基本給の六〇%を支給することを約した。脱退者の総数は現在全従業員の七、八割に達し第二組合を結成した。

(12)  ここにおいて組合は、七月一五日被申請人に対し、特に目的を生産再開及びこれに伴う諸事項に限定して団体交渉の申入れをなし更に同月一八日、前記池添等の採用要求は撤回する旨を申入れた。これに対して被申請人は同月二五日、従来と同様に組合には従業員ではない前記池添等が含まれているからとして団体交渉の拒否を通告し、併せて金融その他の事情から現在において直に操業を開始することは困難である、としてロツクアウトを解除して操業することはできない旨を回答した。

三、本件賃金請求権について

(1)  本件ロツクアウトの成否

ロツクアウトは使用者側のなす争議行為であつて使用者がその生産手段を労働者の集団から遮断し労務の受領を集団的に拒否し労務の提供に対する受領遅滞の責任から免れるをその本質とするものであると解される。しかしてその成立要件として事業場から労働者を遮断する事実上の措置を構ずることを要するか否かについて学説判例に争いのあるところであるが、ロツクアウトが労務の受領を集団的に拒否し受領遅滞の責を免れるをその本質とするものである以上その要件としては労働者を事実上事業場から排除することは必要でなく、使用者におけるロツクアウトの意思が明確になされ労働者においてその了知の事実があればそれで足りると解される。そうすると本件にあつては、被申請人が前認定のように組合役員に対してロツクアウトをなす旨を通告した以上申請人等は右通告を了知したものと認められるから被申請人がロツクアウトについて他に何等かの事実行為をなしたか否かについて判断するまでもなく本件ロツクアウトは成立しているものである。

(2)  本件ロツクアウトの適法性

そこで更に本件ロツクアウトの適法性について考察する。ロツクアウトは社会的経済的優位に立つ使用者に認められる争議行為である性質上、労使対等のために劣位に立つ労働者に認められたストライキ等の争議行為と異なり、先制的攻撃的ロツクアウトは違法であると解される。本件においてこれを見るに、被申請人は組合のなした第一波の五月一二日午前八時からの二四時間ストライキ、第二波の五月一三日午前八時からの四八時間ストライキに対抗して、第二波のストライキ中である五月一四日からロツクアウトに入つたもので、その性質も防衛的なものと認められ、本件ロツクアウトは適法に成立したものと解される。申請人等は被申請人が池添辰男外三名を採用しないことは不当労働行為であり本件ロツクアウトも従つて不当労働行為であるというけれども、上記認定の事実のみでは右見解を容れ難く他にその疎明はない。しかしてロツクアウトが一旦適法に成立しても労使間の対抗関係の変化によりその必要性がなくなつたのにかかわらずこれを持続することは違法であるといわねばならない。組合が五月一五日午前八時をもつてストライキ終結を通告し、就労及び団体交渉を申入れているが、たゞこの事実から直にその時点からロツクアウトが違法性を帯びたということはできない。しかし組合は前記就労申入れ後も会社に対し数次団体交渉を申入れ一応従来の争議による主張貫徹の手段を抛棄し団体交渉による目的達成をはかる意図を示しているのみならず七月一八日には前記のように争議に出た主たる目的である池添外四名の採用をも撤回しているのであるから、少くとも右七月一八日以降においては組合が争議手段に訴えるおそれは全くなくなつたものと認められる。従つて被申請人においても少くとも右時点以降組合の争議に対抗する意味でのロツクアウトを継続する必要はなくなつたものといわねばならない。従つて少くともこの時点以降被申請人は適法なロツクアウトによる賃金支払義務を免除されることなく、申請人等は賃金請求権を失わないというべきである。

(3)  申請人等の賃金について

申請人等が別紙賃金表のごとき賃金を昭和三五年一二月現在旧会社から支給されていたが、旧会社の生産中止により昭和三六年一月から被申請人会社の設立されるまでは右賃金表のうち時間外、深夜、精勤、連操、ガスの各手当及び弁当代欄記載の該当金員を除く賃金を支給されており、被申請人は申請人等を採用するに当つて旧会社と同額の賃金の支給を約したことは明らかである。しかして被申請人が工場設備を整備するに約一、二週間を要し旧会社の昭和三五年一二月現在の生産量にいたるまでにはおそくとも二ケ月あれば良いと解されるから、申請人等は別紙賃金表記載どおりの賃金請求権を有するものといえる。

四、本件仮処分の必要性

疎明によれば申請人等は旧会社の退職にともない同社から相当額の退職金を受領しているが、五月一一日出勤分の給与を被申請人から受け取つた以外何等の給与を受けていないため、右退職金も爾後の生活費その他に費消していると認められ今回の争議にともない労働金庫から組合において一二〇万円の貸付を受けている。申請人等が給料生活者でありその平均年令も高く三五、六才であるところから、本件賃金の支払を受け得ない場合、申請人本人のみならず同人の労働によつて生計を維持する家族にとつても生活上きわめて甚大な損害を蒙るものであることは明らかである。よつて右退職金受領の事実、五月一一日以降既に二ケ月余支給を受けていない事実等を考慮すれば前記七月一八日以降の分につき仮に支払の必要があるものというべくその受給必要金額は別紙賃金表記載の各基本給額該当金員が限度であると解される。

第三、結論

以上により、申請人等の申請は前示の限度において理由あるものと認め、保証を立てさせないでこれを認容し、よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 合田得太郎 加藤義則 大塚喜一)

(別紙省略)

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